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名古屋高等裁判所 昭和35年(ネ)523号 判決

控訴人 原告 有限会社弁天シネマ

訴訟代理人 林武雄

被控訴人 被告 新世界興行株式会社

訴訟代理人 原田武彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、別紙目録記載の建物(劇場)を明け渡し、かつ金一九九万四八六六円およびこれに対する昭和三五年一月一日以降その金員支払済に至るまでの年五分の割合による金員ならびに昭和三五年一月一日以降右建物明渡済に至るまでの一カ月金七万七四三一円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張は、控訴代理人において左記のとおり陳述したほか、原判決事実欄の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。ただし、その記載の中に、被告の主張として、「原告が昭和三二年一一月二二日設立された有限会社であり訴外寺村元次、同永井真一名義で本件劇場を建築していたこと、被告会社が右寺村より借受け昭和三二年八月二八日同劇場で興行を開始し、これを使用していることが右劇場が原告会社の所有となつた点、訴外寺村元次に右建物の賃貸権限のないとの原告主張を否認し、」とあるのは、「原告が昭和三二年一一月二二日設立された有限会社であり、訴外寺村元次、同永井真一名義で本件劇場を建築していたこと、被告会社が右寺村より借受け昭和三二年八月二八日同劇場で興行を開始し、これを使用していることは認める。しかし、右劇場が原告会社の所有となつた点、訴外寺村元次に右建物の賃貸権限がないとの原告の主張を否認する。」の誤記と認める(被告代理人が原審に提出した昭和三三年一二月九日附準備書面等参照)。

控訴代理人の陳述

一、原判決事実欄において、原告の主張として、「この決議は有限会社法第四十条第三項のいわゆる其後設立の譲渡契約に該るべく、」とあるのは、「この決議は有限会社法第四十条第三項のいわゆる事後設立の譲渡契約に該るべく、」の誤りであるから、訂正する。

一、本件建物は、控訴会社の設立以前には、訴外一居文一、寺村元次および永井真一の三名の共有に属していた。しかるに寺村はこのような共有物を単独で被控訴会社に賃貸したのであるから、その賃貸借契約は無効である。

一、なお、被控訴会社代表取締役須崎喜久雄は、右の賃貸借契約を締結するにあたり、本件建物が少くとも永井および寺村両名の映画興行の共同事業のために建設されたものであつて右両名が相互に右同事業の約定を履行する権利義務を有することを知つていたものである。したがつて被控訴会社が寺村と本件建物の賃貸借契約を締結した行為は、永井の寺村に対する映画興行の共同事業を履行せしめる権利を害する詐害行為である。それで永井は、昭和三四年二月六日内容証明郵便をもつて寺村および被控訴会社に対し、寺村と被控訴会社との間の上記賃貸借契約を詐害行為として取り消す旨の意思表示をした。

証拠の提出援用および書証の認否は、

一、控訴代理人において、甲第四六ないし五一号証を提出し、当審証人寺村元次の証言を援用し、

一、被控訴代理人において、甲第四六ないし五一号証に対しそれぞれ不知をもつて答えた。

ほか、原判決事実欄の記載と同様である。ただし、その記載のうちに、「甲第三四号証」、「乙第一〇号証」、「乙第一一号証」および「乙第一二号証」とあるのは、順次「甲第三四号証の一、二」、「乙第一〇号証の一ないし七」、「乙第一一号証の一ないし一四」および「乙第一二号証の一ないし八」の誤記と認める。

理由

成立に争のない甲第四ないし八号証、甲第三〇号証の一、甲第三八ないし四一号証、甲第四四号証、甲第四五号証、乙第一号証および乙第一三ないし一五号証と甲第四五号証の記載により真正に成立したことを推測し得る甲第一六号証、甲第一七号証および甲第三三号証、乙第一三号証および乙第一五号証の各記載により真正に成立したことを推知し得る乙第一〇号証の一ないし四、原審における本人永井真一の供述によつて真正に成立したことを肯認し得る甲第一、二号証、甲第一三号証、甲第三〇号証の二および甲第三一号証、当審における証人寺村元次の証言によつて真正に成立したことを肯定し得る甲第四六ないし四八号証および甲第五一号証、原審における本人永井真一および同村上孟の各供述ならびに当審における証人寺村元次の証言とを総合し弁論の全趣旨をしんしやくして考察すれば、

一、多年にわたる映画館経営の経験者永井真一と寺村元次およびその妻の兄一居文一との三名は、共同して名古屋市西区の繁華街弁天通附近に劇場を建築しこれを使用して会社組織で映画館営業をしようと計画し、昭和三二年三月二三日協議のうえ、(1) 右三名は工事費見積額金三〇七万円にて劇場を建築し、その完成の後有限会社弁天シネマを設立し、同会社をして右劇場を所有せしめこれを使用して映画館営業をなさしめるものとする、(2) 右三名は、それぞれ出資金二〇万円、劇場建築資金四〇万円を支出するものとし、その建築資金は会社設立後会社の借入金または出資金として処理するものとする、という条項等を内容とする契約を締結した。

一、そして右永井および寺村の両名は、同年四月一日右劇場建築用地として弁天通附近なる別紙目録記載の土地約一〇〇坪をその所有者石田義広より地代一カ月につき金一万円の定めで賃借した。

一、そこで右三名は、永井および寺村の両名の名義で建築届等をなし、寺村を建築責任者とし直営にて(すなわち他人に請け負わせないで)建築工事をすることとし、資材を買い入れ、石原辰男等を雇い入れて、前記土地上において建築工事をなし、別紙目録記載の劇場の建前を行なつた。しかし、劇場の建築等に多大の資金を要するので、同年五、六月ころ弁天通およびその附近の住民等に対し映画館設立趣意書を配布して協力金を募集した。しかし、応募する者がなかつた。しかのみならず、同年七月までに、前記出資金および建築資金として、寺村は金五四万円、一居は金六二万円を支出したけれども、永井は金二〇万円を支出したにすぎなかつた。資金不足にて工事を進行することができず、建築責任者寺村は、苦慮して永井に対し金策等につき種々相談をしたけれども、永井においてこれに応ぜず、その結果同人と不和になり困惑した。

一、ここにおいて寺村は、映画館等を経営している被控訴会社の代表取締役須崎喜久雄に種々交渉し、その結果永井等の同意を得ず独断をもつて同年七月三〇日被控訴会社と、(イ)寺村は被控訴会社に対し右劇場を賃貸し、被控訴会社は寺村に保証金として金一九〇万円を支払うものとする(ただし、四回の分割払)、(ロ)寺村は右劇場の建築工事(電気、ガス、客席等の諸設備の工事を含む。)を完成して同年八月二七日までに被控訴会社にこれを引き渡すものとする、(ハ)寺村が右劇場の完成および引渡を同年八月二七日までにしないときは、同日までに建築された右劇場は当然に被控訴会社の所有に帰するものとし、その敷地たる土地の賃借権は被控訴会社に移転するものとする、(ニ)賃料は一カ月につき金八万円とし、期間は右引渡の日から三カ年とする、ただし、その期間は双方協議のうえ伸長することができる、(ホ)被控訴会社はその費用をもつて劇場に映写機械等を設備し、賃貸借終了の場合には寺村において法定の償却率にもとづき減額した価格をもつて右の設備を買い取るものとする、という条項等を内容とする賃貸借契約を締結した。

一、そして寺村は、同年七月三〇日より同年八月二六日までの間に、被控訴会社より右保証金の一部弁済として合計金六〇万円の支払を受け、またみずから金五一万円を支出し、それらの金員等をもつて右劇場の建築工事を完成し、同年八月二七日これを被控訴会社に引き渡した。ただし、その工事費等のうち相当多額の債務が支払未了で寺村個人名義の債務として残存することとなつた。なお、被控訴会社は、同年八月二八日寺村に対し前記保証金の一部弁済として更に金四〇万円を支払い、かつ同日より右劇場を使用して映画の興行をして来た。

一、右の経過により漸く劇場の建築は完成したけれども、寺村が独断で締結した前記賃貸借契約等に起因して主として寺村と永井との間に紛争を生じ、しかも、永井、寺村および一居三名の支出した各金員の額、前記のような寺村個人名義の債務として残存している多額の債務の弁済方法等につき協議が整わなかつた。しかし右三名は、同年一〇月一一日当初の約旨に従い、すみやかに有限会社を設立して右劇場をその会社の所有となしこれにつき会社名義に登記をすべき旨を協定した。もちろん、劇場所有権を会社に対し有償譲渡する予定であるけれども、三名間の関係が上記のとおりであつて、対価額を早急に協定することは困難な状態にあつたため、これを協定しなかつた。そして同年一一月一八日附定款を作成して(作成者として右三名が署名押印した。)、同月二一日公証人の認証を受け、目的映画等の興行、商号有限会社弁天シネマ、資本の総額金六〇万円、出資一口の金額金五〇〇〇円、社員永井、寺村および一居の三名、その各出資口数いずれも四〇口、本店所在地右劇場所在地なる控訴会社を組織して、同月二二日その設立登記をした。しかし、叙上の出資金三名分合計金六〇万円等は劇場建築資金等としてすでに費消しており、右の会社設立にあたり現金出資をしなかつた。

また右定款には有限会社法第七条第二号および第三号所定の現物出資および財産引受に関する事項を全然記載せず、それらの手続をとらなかつた。

一、そして同年一一月二九日に開催された控訴会社の社員総会において、その社員なる右三名が出席し、全員一致をもつて、右劇場を控訴会社の所有名義に登記することおよびその登記完了後右劇場を担保として他より金員を借り受けその金員をもつて建築工事費の未払分の支払をすること等を決議し、同年一二月一八日右劇場につき控訴会社名義に所有権保存登記をした。

一、なお、昭和三五年八月七日に至つて、永井、寺村および一居の三名と控訴会社の代表取締役なる永井および一居の両名とは、「三名の共有にかかる劇場を控訴会社に譲渡してその所有権を移転したが、その譲渡代金は、後日劇場の建築に要した費用を資料にもとづき計算して確定したうえ、これを控訴会社より右三名に支払うものとする。譲渡代金の三名間における分配は、右の建築のために各自の支出した金員の割合による。」旨を記載した契約書を作成した。

という事実を認定することができる。甲第三九号証、甲第四〇号証および乙第一三号証および乙第一四号証の各記載ならびに原審における本人村上孟および当審における証人寺村元次の各供述のうち、右認定に反する部分は信用し難い。

上記のとおりであつて、本件劇場は、控訴会社が設立された場合の営業準備行為としてその設立の発起人たる永井、寺村および一居の三名において共同して建築したものであつて、その三名の共有に属して来たものである。

そして控訴人は、「控訴会社の昭和三二年一一月二九日の社員総会決議は有限会社法第四〇条第三項所定の事項の決議にあたるから、その決議による事後設立により控訴会社は本件劇場の所有権を取得した。」と主張するので、この点について審案する。まず有限会社法第四〇条第三項所定の「会社の成立前より存在する財産」が会社設立発起人の所有に属する財産を包含することは、多言を要しないであろう。そして事実関係は上記認定のとおりであるから、本件劇場は、右条項の「会社の成立前より存在する財産にして会社の営業のために継続して使用すべきもの」にあたることが明かである。更に右三名は、右の劇場(劇場所有権)を控訴会社の資本の二〇分の一以上なる金三〇〇万円ないし金四〇〇万円程度の対価をもつて控訴会社に有償取得させようとして来たのであつて、このことは、前記認定事実と甲第一七号証および甲第五一号証とによつて容易に推知することができる。次に昭和三二年一一月二九日の前記社員総会決議は、右劇場を控訴会社の所有名義に登記することを可決したにとどまるけれども、三名の共有に属する劇場を控訴会社において取得してこれにつき控訴会社の所有名義に登記することを可決した趣旨とみることができる。そして右決議の前後において右三名と控訴会社との間に劇場の譲渡契約があつたとみることができるか否かは、本件において解決の困難な問題であるけれども、上記認定の事実関係より推測すれば、同年一一月二二日控訴会社成立の時より同年一二月一八日劇場保存登記の時までの間において右三名と控訴会社との間に、対価額を後日双方協議して確定する約定のもとに劇場を右三名より控訴会社に譲渡する旨の有償譲渡契約が締結されたとみることができないわけではない。しかしながら、有限会社法第四〇条第三項にもとづく社員総会の特別決議は、同条項所定の財産取得契約の効力発生要件である。そしてこのように社員総会の特別決議をもつて右契約の効力発生要件とした法意は、主として右契約にもとづき会社の取得すべき財産の対価額につき特に厳格な社員総会の審議および決議を経由させてその対価額が客観的に適正妥当な価額の範囲内であることを確保し、もつて会社、会社構成員および会社債権者を保護することにあるのである。故にまず決議において最後決定的に対価額を確定し、ついでその対価額(またはその額の範囲内において確定しもしくは確定し得べき対価額)によつて契約を締結するような方法、またはまず契約において最後決定的に対価額を確定し、ついでその対価額による契約の締結を追認する決議をするような方法により(契約において対価額の確定を決議に一任し、決議において対価額を確定するような方法によつてもよい。)、対価額を確定することを要すると、解するのが相当である。特に決議においては一定の対価額を確定または承認することを要すると解さなければならない。本件においては、上記説示によつて明かであるように、社員総会決議は、劇場の取得を可決しただけであつて、対価額につきなんらの定めもしていない。その総会の議事録なる甲第三三号証を精査しても、対価額の審議または決議に関するなんらの記載もない。その決議の前後に締結された劇場譲渡契約は、対価額を後日その契約当事者双方協議して確定する旨を定めているにすぎない。しかも、その対価額は、契約当時より二年八カ月余の長期間を経過した昭和三五年八月七日の前記契約書作成当時においても、なお依然として未確定の状態にある。本件においては、決議の後に契約をしたのか、契約の後に決議をしたのかを明確にすることができないけれども、そのいずれの場合であつても、前記のような方法により対価額を確定していないことが明白である。特に決議が対価額の確定または承認の趣旨を包含していないから、たまたま特別決議の要件を具備してはいるけれども、その決議をもつて右条項にもとづく決議にあたるとみることはできない。右のとおりであるから、本件劇場譲渡契約は、その効力を生ぜず、劇場所有権移転の効果を発生しない。すでに控訴会社名義に保存登記がなされている事実があつても、右の見解を左右しない。されば事後設立によつて控訴会社が劇場所有権を取得したという控訴人の主張は排斥する。

そして事後設立の主張以外には、劇場所有権の取得原因たる事実につき、なんらの主張もない。

以上の次第であるから、本件劇場が控訴会社の所有に属することを肯定し難く、したがつてそれが控訴会社の所有に属することを前提とする本訴請求は、賃貸借契約の有効無効等を判断するまでもなく、理由のないことが明かである。

それで控訴人の請求は理由なしとして棄却すべく、これと結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。それで控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田彰)

目録

名古屋市西区西内江町一丁目七番八番地上所在

家屋番号第七番の二

一、木造瓦葺二階建劇場

建坪 九〇坪

二階 二八坪三合四勺

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